秋元通信

不正を行ってしまう企業文化が創り上げられるプロセスを考える

  • 2023.10.30


 
 
某大手中古車販売店の不正問題、皆さまはどう思いますか?
 

  • 売上を上げるために、修理のために預かった顧客のクルマを、意図的に傷つけ、保険金の割増請求を行う。
  •  

  • 店舗前にある街路樹に対し、除草剤を撒いたり、あるいは伐採してしまう。

 
なんというか、上からの命令とは言え、よくこんな非常識なことを社員たちはやりましたよね…
ニュースなどに匿名で登場する社員らは、「悪いこととは思ったが、上からの命令に従った(従うしかなかった)」という趣旨の言い訳をしています。
 
「会社の命令には、たとえそれが世間的には悪いことであっても従う」、そんな企業文化があったことが報じられています。
 
 
 

そもそも、「文化」とは

 

「文化
 

  1. それぞれの時代や地域、集団によって異なる、人々の精神的・社会的な営み
  2. 人間らしい暮らしを支えるもの

文明は、人々を動物の集団と区別するもの。文化は、人々がより人間らしく生きるのに必要なもの」
(三省堂国語辞典)

 
文化って言葉、私たちは気軽に使っていますけど、いざその定義を説明するとなると、なかなか難しいです。
 
私たちがそれぞれ所属する集団における、標準的な考え方や振る舞いが、思考プロセス、あるいは風習として定着した結果、文化として認められるようになります。
 
つまり、文化には結果論として生じるケースもあるということです。
 
 
 

不正を生み出す企業文化、その原因

 
「そんなこと言われたってさ…、言えるわけないでしょう…」──これは筆者がかつて所属していたOA機器販売会社において、ある問題が生じた時に、筆者の上司である課長がつぶやいた言葉です。
 
筆者は、ある通信系ベンチャー企業に、営業として勤めていました。
 
文字通り、「数字が正義」だった会社であり、数字を上げるためには、「何をしてもいい」とは言わないまでも、グレーゾーンに踏み込むことを躊躇しない会社でした。
 
 
ある決算月のことです。
 
「このままでは目標数字が達成できない」と考えた営業部の幹部たちは、思い切った営業施策を行うことを決断しました。
 
「投げ売りでも安売りでもなんでもいい。とにかく、販売台数を達成するんだ!」
 
厄介だったのは、営業部の目標が、売上金額や利益ではなく、OA機器の販売台数に設定されていたことでした。その矛盾を突き、取り扱い製品ラインアップの中でも、安価な数種類の製品に限り、限りなく安い価格で投げ売りすることを、筆者を含めた営業らに指示したのです。
 
結果、目標としていた販売台数は達成しました。
しかし、利益は燦々(さんさん)たる結果になりました。
 
当然のこととして、この営業施策(…?)は大問題になりました。特に親会社からはだいぶツッコミを受けたらしく、OA機器販売会社の社長が、全社員にメールを送ってきたのです。
 

  • 大前提として、こういったことをさせてしまったのは、社長である自分自身にある。
  • しかし、利益を食いつぶしてまで投げ売りを行うことは、会社経営…というか、営業の存在意義を考えたとき、良くないことだと、社員の皆さんも気がついていたはずでは?
  • 私(社長)が一番悲しかったのは、この異常な営業施策に対し、誰も「社長、これ、おかしいですよ」とか「ほんとにやるんですか?」と言わなかったこと。

 
社長は、「私は投げ売り営業施策のことを1mmも知らなかった」と言い、このようなメールを全社員に送ったわけです。
そして、筆者の直属の上司である課長は、「言えるわけないでしょう…」とつぶやいたわけです。
 
 
 

おかしなことに対し、疑義を唱えられない企業文化

 

  1. 企業内における職級の序列が絶対的なものであり、下の者が、上の者に意見を言うことが、日頃からできない。
  2. 「おかしなこと」に対し、「おかしい!」と言えない日常が続いた結果、「おかしいかどうか」を判断することすら放棄してしまう。
  3. 結果、会社の意向をすべてあるべきものとして受け入れる企業文化ができあがってしまう。

 
筆者自身は、「また会社が馬鹿なことを言い始めたな」と思っていました。
しかし、社長に直訴するなど、全く思いつきませんでしたね。
 
「どうせ自分が何かを発言しても、あるいは行動を起こしても、この会社は変わらない」という気持ちもありました。
そして、正直に言えば「利益度外視で安売りして良いのであれば、ラクして営業成績を上げるチャンスだよね」とも思いました。
 
筆者の経験したケースは、先の大手中古車販売店のケースと違い、基本的に不利益を被ったのは自社内でのことであって、世間に迷惑をかけたわけではありません。また法律に違反したわけでもありません。
 
ただし共通項もありますし、「おかしなことに対し、疑義を唱えられない企業文化」は、こういったプロセスで出来上がってしまうんでしょうね。
 
 
 

企業文化が、会社の経営に疑義をNo!を突きつけた事例

 

 
前者は、軍事用ドローン向けAIの開発契約を、Googleと米国国防省が締結したことに対し、社員たちが抗議活動を行ったというニュース。
後者は、トランプ政権下で移民に対する「不寛容政策」に携わったとされる政府機関と、Googleがビジネスを行ったことに対し、やはり一部の社員が抗議活動を行ったというニュースです。
 
Googleには、「Don’t be evil(邪悪になるな)」という社是があったそうです。
過去形なのは、元々、「邪悪になるな」は非公式なものであった上、2015年以降は「Do the right thing(正しいことをせよ)」が、Googleの社是として掲げられたからです。
 
ただし、今もGoogle社員たちには、この「邪悪になるな」の精神が脈々と引き継がれているようです。それが、紹介したふたつのニュースのような形で発現したのでしょう。
 
「文句を言うなら会社を辞めろ!」という考え方があります。
さすがに最近では、これを表立って言うと、パワハラ等々の問題になるため、表立って発言されるケースは少ないでしょうが。
 
企業統治の行いやすさを考えると、会社の方針に異を唱えない、従順な社員であったほうが、経営者は助かるでしょう。
 
しかし、企業も間違えます。
先の大手中古車販売店のケース、筆者自身が経験したケースはその例でしょう。
 
だから、企業統治の行いやすさを目的に、悪いことを悪いと言えない企業文化を創り上げてしまうのは、極めて危険です。
 
繰り返しますが、企業も間違うわけですから…
 
 
 

「企業の社会の一員である」──CSRが注目される今だからこそ

 
昨今話題…というか、もはや企業統治の常識とも言えるCSR(corporate social responsibility、企業の社会的責任)について、厚生労働省Webサイトでは、このように記載されています。
 

「近年、企業における長時間労働やストレスの増大など、働き方の持続可能性に照らして懸念される状況が見られる中で、企業の社会的責任(CSR)に関する取組が大きな潮流となっています。CSRとは、企業活動において、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、従業員、投資家、地域社会などの利害関係者に対して責任ある行動をとるとともに、説明責任を果たしていくことを求める考え方です」

 
 
企業も社会の一員である以上、利己的な振る舞いは許されません。
間違っても社員の振る舞いを歪めるような方向に、企業文化を育成してはならないのです。


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