秋元通信

なぜMr.スポックは人気を集めるのか?、「不合理な人の行動」を研究する行動経済学

  • 2024.2.22


 
 
ダイエット中の男性がいました。
ある日、同僚から「呑みに行こう!」誘われました。
 
最初はダイエット中であることを意識し、食べる量を節制していた彼も、やがて呑み会が盛り上がるにつれて、暴飲暴食をしてしまいました。
 
「やっべ!、体重増えちゃったよ…」と後悔しつつも、「でも職場内でのコミュニケーションは大切だし、何よりも楽しかったからな!」と彼は開き直ってしまいました。
 
 
金遣いの荒い女性がいました。
彼女の恋人は嘆きます。
 
「あいつさ…、この間も、10万円以上するブーツを買ったんだよ。つい俺も諌(いさ)めたらさ、なんて言い訳したと思う?
『最近、気分が沈んで仕事に対するモチベーションが上がらないから、自分へご褒美をあげて、仕事へのモチベーションを復活させるカンフル剤なんだ!』なんて言うんだよ…」
 
 
 
このような例に限らず、人は必ずしも合理的な判断を下せるわけではありません。
むしろ、私たちの行動には、こういった不合理な行動が多く見受けられます。
 
 
 

不合理な人の行動を研究する「行動経済学」

 
7年前、このような記事をお届けしました。
 

 
記事中では、「トラックが不足しているんだったら、運賃は上がるはずじゃないの?」と主張する人たちに対し、WebKITのデータを検証しつつ、「経済合理性に従って人、企業、あるいはマーケットは動くはずである」という主張を否定しています。
 
また、以下のような記事も過去に上梓しています。
 

 

「人間は常に合理的で最適解を求めて行動を行う──初期の経営学は、このように考えていました。
しかし研究を進めていくうちに、経営学は壁にぶつかります。
 
人は必ずしも合理的ではありませんし、常に最適解を求めるわけでもないからです」

 
記事ではこのように述べました。
 
小難しいことを言わずとも、冒頭に挙げたような経験を多くの人はしているはずです。
 
こういった不合理ともいえる人の行動を解き明かしていこうというのが、行動経済学です。
 
 
 

日常的な人の行動は、「動物の脳」が支配している

 
ではなぜ人は常に合理的な行動を選択できないのでしょうか?
端的に言えば、それは人が感情や直感を備えているからです。
 
冒頭のケースで言えば、「食べたい」「呑みたい」、あるいは「(ブーツを)欲しい」という感情が、合理的な行動選択を行う上での阻害要因となっています。
 
「マンガでわかる行動経済学」(監修:川西諭、池田書店)では、「人間はそこそこ不完全で、そこそこいい加減な生き物である」とした上で、その原因を、人が持つ「動物の脳」と「人間の脳」に求めています。
 
 
人は、常に考えて行動しているわけではありません。
常に考えて行動していたら、脳の処理能力を消耗しすぎて疲れてしまいますし、いざと言うときに生命の危機にさらされることもあります。
 
例えば、歩道を歩いているあなたの眼前に、暴走自動車が見えたときに、「あれは何?」「私に対してどういう危険性がある?」「私はどのような行動を取るのが最適なのか?」などといちいち考えていたら、あっという間に暴走自動車にひかれてしまうでしょう。
 
これは非常事態・緊急事態だけの話ではなく、日常でも同じです。
 
 
 
例えば、クルマの運転。
教習所に通い始めたときは、「えーと、左折するときはミラーで周囲を確認してからウィンカーを出して、それから…」と考えてひとつひとつの行動を行っていたはずですが、慣れてしまえば、運転に関わる動作は、無意識のうちに自然とこなせるようになります。
 
個々の動作を意識することなく、無意識に、あるいは自然に行うときに働くのが「動物の脳」です。
そして、「動物の脳」は、行動だけではなく、私たちの心理にも大きく作用します。
それが「不合理な人の行動」を生み出していると、同著では説明しています。
 
 
まあ、直感や感情に基づく行動を支配する存在を、「動物の脳」と断じるべきかどうかは別として、「不合理な人の行動」を説明する上で、分かりやすい考え方ではあります。
 
 
 

なぜMr.スポックは人気を集めるのか?

 
1978年に「大組織の経営行動と意思決定に関する生涯にわたる研究」によって、ハーバート・サイモン(米)はノーベル経済学賞を受賞しました。
 
サイモンは、合理性と非合理性の狭間の人間を「限定合理性」と位置づけました。
人はどんなに合理性のある行動を取ろうとしても、さまざまな制約によって限定された合理性しか持ち得ません。
 
このサイモンの考え方は、行動経済学に大きな影響を与えました。
 
 
人は全知全能の神ではありません。
したがってすべてを見通せるわけでもなく、限定合理性──これには知識の有無だけではなく、感情や直感、あるいは欲望も含まれます──に振り回されるのは、人である以上、致し方ないとも言えます。
 
 
『スタートレック』シリーズの人気キャラクターであるMr.スポックは、「感情を抑制し、常に理性的で合理的な行動を取ること」を至上の行動原理とするヴァルカン人であろうとふるまいます。
Mr.スポック自身は地球人の母と、ヴァルカン人の父を持つハーフであり、自身がときに感情に流されてしまうことを、地球人の血を持つがゆえの欠点であると考えています。
 
Mr.スポックの行動は、情熱的なカーク提督(エンタープライズ号の艦長であり主人公)と比較され、ときにこっけいで、ときに苛立ちを感じる存在として劇中では描かれます。
 
Mr.スポックが人気を集めるのは、「理性的で合理的であれ」という厳格なヴァルカン人の理想と、自身の感情の狭間で苦しむMr.スポックが、私たちの共感を呼ぶからではないでしょうか?
 
 
行動経済学は、現実的かつ実践的な経済学として、現代社会ではとても重要なポジションにあります。これは、知識として行動経済学を学ぶ、大切な理由のひとつではありますが。
筆者は、行動経済学を知り、学ぶ、より大切な意義は、他者の行動に対し、より優しい気持ちを持つことができるからだと考えています。
 
「なんかムカつくな…」「イライラするんだよね、あの人…」というケースでも、行動経済学の知識があれば、少し他人に対して優しくなれる気がします。
 
 
これまでの秋元通信では行動経済学に関係するトピックをご紹介してきましたが、まだまだ興味深いトピックはたくさんあります。
折に触れて、また行動経済学をご紹介しましょう。


関連記事

■数値や単位を入力してください。
■変換結果
■数値や単位を入力してください。
■変換結果
  シェア・クロスバナー_300