「企業は、経営者の能力以上に成長することはできない」──この考え方、皆さまはどう思いますか?
前回お届けした記事では、「1on1」(ワンオンワン)を紹介した上で、「企業の、あるいは経営者のメンタリティによっては、むしろ1on1を行うことで、組織運営に悪影響が生じるケースもあります」と申し上げました。
もし…、「1on1」を継続した結果、従業員のスキルが、経営者を上回ってしまった場合にはどうなるのでしょう?
端的に言えば、「1on1」とは、傾聴を継続的に行うことで、従業員自身の気づきを誘発させ、従業員の成長を促すコミュニケーション手法であり、組織管理手法です。
しかし、その結果、「あれ、私って、この会社にいたらダメなんじゃないの…?」と従業員自身が気づいてしまったら、会社にとっては好ましくないことが起こるかもしれません。
- 1回目の「1on1」
部下:
「私、今の仕事にやりがいを感じないんです」
上司:
「そうか。そもそも、君はなぜ、うちの会社を志望したのか、その理由を振り返ってみようか?」 - 2回目の「1on1」
部下:
「私は、マーケティングをやりたかったんでした。大学でもマーケティングを勉強しましたし」
上司:
「そうか。今の仕事において、どうやったら君のマーケティング知識を活かせるのか、考えてみよう」 - 3回目の「1on1」
部下:
「うちの会社で、マーケティングって必要なんですかね?」
上司:
「ん!、どうして?」
部下:
「だってうちの社長、『うちの製品は日本一どころか、世界一だ!。だから、きちんと説明できれば必ず売れる。売れないのは営業の説明能力が不足しているからだ!』の一本槍じゃないですか?
マーケティングなんて、邪道だと思っていますよ、うちの社長」
上司:
「・・・」 - 4回目の「1on1」
部下:
「よくよく考えてみたら、やはりうちの会社では、私のやりたいことは叶えられないし、大学時代に学んだことはムダだということが分かりました。転職します!」
上司:
「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」
傾聴を繰り返し、自身の言語化できなかったもやもやを言語化する(ブレインストーミングする)手伝いをした結果、「今の会社じゃダメじゃん」と気づいてしまったというケースです。
別のケースも考えられます。
- N回目の「1on1」
部下:
「うちの会社の問題って、つまるところ『ユーザー起点の商品開発ができていない』ってことですね」
上司:
「なるほど、素晴らしい着眼点だね!
どうすればいいか、君なりに考えてみたらどうだろう?」 - N+1回目の「1on1」
部下:
「考えました!、これが提案書です」
上司:
「うん、素晴らしいね!
さっそく、役員にプレゼンしてみよう」 - N+2回目の「1on1」
部下:
「課長、すいませんでした…」
上司:
「いや、こちらこそチカラ足らずで面目ない…」
部下:
「でも、あそこまでけちょんけちょんに言われる内容でしたかね…?」
上司:
「そんなことはないよ。結局、社長の視野が狭いというか…」
部下:
「社長の経営センスがないというか…」
上司:
「ダメだなぁ、うちの会社」
部下:
「ダメですね、うちの会社」
上司:
「見切りをつけたほうがいいのかもな」
部下:
「転職しますか…?」
「1on1」を行った結果、今までは見えていなかった会社のあらや課題が診えるようになった結果、会社に幻滅し、そして転職につながってしまう…
これは十分ありえることですし、実際に発生しているようです。
ケースA、ケースB、それぞれ考えていきましょう。
会社の方針に対する是非はともかく、従業員自身の望むベクトルと、会社のベクトルが異なることを、「1on1」によって気づき、退職してしまうケースです。
これは、必ずしも悪いことではないと思います。
というのは、お互い(会社と従業員)それぞれ譲れないポイントについて、根本的な価値観の相違があったわけです。
一方で、「『1on1』すら行わなければ、退職はしなかっただろう?」という考えもあります。でも、その場合は、当の従業員は、「スキルも、モチベーションも十分に発揮しないままで働き続ける」ということになります。
これは、会社にとって幸せなことではありません。
難しいです。
冒頭に挙げた「企業は、経営者の能力以上に成長することはできない」という命題に関係しますね。
会社の側から考えましょう。
大前提として、経営者の抱く限定合理性を、従業員が完全に理解、あるいは共有することは不可能です。
※限定合理性
限定合理性とは、合理的であろうと意図するけれども、認識能力の限界によって、限られた合理性しか経済主体が持ち得ないことを表す。
(出典 ウィキペディア)
つまり、ケースBで部下と課長が抱いた社長への不満そのものが間違っている可能性があることは、十分に留意する必要があります。
次に、従業員の側から考えましょう。
部下と課長が会社に見切りをつけたのは、「けちょんけちょんに言われた」、つまり頭ごなしに、ふたりの提案を否定されたことがフックとなっています。
経営者と従業員の間に限定合理性があるのは前提としても、少なくとも両者の間にある限定合理性を埋める努力を、会社側はすべきでした。
「従業員のほうが劣っていて、会社は常に正しい」、そもそもこんな考え方をしている会社は、「1on1」を行うべきではないでしょう。
従業員の成長だけを望み、会社は成長する必然性がないと考えている会社も同様です。
前回、このように述べました。
「組織が成長するためには、個人(組織のメンバー)の成長が欠かせません」
ですから、組織(会社)に成長する意欲(あるいは覚悟)がないのであれば、「1on1」はムダです。
「1on1」を行うのであれば、従業員の疑問や要望に対し、会社側も真剣に向き合う覚悟が必要です。もし会社が一方的に拒絶するような姿勢を示せば、従業員のモチベーションが下がり、退職につながるケースも当然起こるでしょう。
「会社は、常に従業員の上位に立つ存在である」──この考え方は、今も根強く残っています。しかし、本来、会社と従業員の関係は、雇用契約によって成立する対等な関係のはずです。
だからこそ、従業員の成長に対し、会社も成長し続ける義務があるわけです。
「企業は、経営者の能力以上に成長することはできない」という問い、あらためて問いますが、皆さまはどう考えますか?
そもそも「能力」をどう判ずるのか?、という課題もあるでしょう。
暴論ですが、経営者の能力が低ければ、従業員が会社の能力を高めれば良いという考えもあります。
難しいですね。
でも、VUCAの時代と言われる今だからこそ、こういった命題に対し、常に考え続けなければならないのでしょう。
良い企業を目指すのは、とてもとても大変です。