秋元通信

「あなたのやり方は間違っている」と指摘する新人に足りない、「守破離」という日本の伝統的スキルアップ・プロセス

  • 2023.5.29

「守破離(しゅはり)」という言葉があります。
 
 

「守破離は、日本の茶道や武道などの芸道・芸術における師弟関係のあり方の一つであり、それらの修業における過程を示したもの。
 
もとは千利休の訓である『規矩作法 “守”り尽くして”破”るとも”離”るるとても本を忘るな』を引用したものとされている。
 
修業に際して、まずは師匠から教わった型を徹底的に『守る』ところから修業が始まる。
 
師匠の教えに従って、その型を身につけた者は、師匠の型、他流派の型なども研究し、自分に合ったより良いと思われる型を模索し試すことで既存の型を『破る』ことができるようになる。
 
さらに鍛錬・修業を重ね、かつて教わった師匠の型と自分自身で見出した型の双方に精通しその上に立脚した個人は、自分自身とその技についてよく理解しているため既存の型に囚われることなく、言わば型から『離れ』て自在となることができる。
 
基本の型(本)を会得しないままにいきなり個性や独創性を求めるのはいわゆる『形無し』である。これは十八代目中村勘三郎の座右の銘『型があるから型破り、型が無ければ形無し』としても知られる」
 
(出典 Wikipediaから、内容を要約・再編集しています)

  
前号「『あなたのやり方は間違っている』、もし新入社員や中途入社社員に指摘されたらどうしますか?」では、こういった(中村勘三郎流に言えば)「型無し」発言をする新入社員や中途社員の課題を考えました。
 
ただ、こういった弁の立つ新入社員・中途社員に対し、「君の主張は間違っている」と説明するのは、意外と難しいです。実際、前号でご紹介した筆者のエピソードでも、私は「あなたのやり方は間違っています」と指摘してきた部下に対し、その発言時代は否定せずに、行動で納得させただけですし(さらに言えば、納得させられず、離反した部下もいました)。
   
◇ 航空自衛隊でも悩んでいたらしい…
 
自衛隊では、肉体の鍛錬や、武器、あるいは戦車や戦闘機の操縦訓練や進化といった、いわばハード面の強化だけではなく、戦略や戦術の研究といったソフト面での強化や研究も行っています。
 
ある研究会の発表において、こんな質問があったそうです。
 
「自衛隊において、幕僚の思考過程までもマニュアル化しようとするのは、幹部育成の大きな方針と矛盾しているのではないか?」
 
発表者は、この質問にうまく答えられなかったそうです。
 
補足します。
  
航空自衛隊(空自)では、状況判断の過程をマニュアル化・標準化できるよう、日頃から訓練されているそうです。実際、このような隊員たちの思考プロセスを標準化できるよう、教本やSOP(Standard Operating Procedures、標準作業手順書)がきちんと整備されているのだとか。
 
何か有事が起こった際、皆がそれぞれ思いつくままに考え、行動したら、組織全体としては効果的な行動を取れないでしょう。だから思考プロセスの標準化を行い、ある程度共通のプラットフォームの上で考え、議論できるようにしておく必要性は分かります。
 
分かりますが、しかし、想定外のことが起きた場合、思考停止に陥ってしまい、適切な行動を取れないケースもあるでしょう。先の質問は、この課題を指摘したものです。
 
少し話がずれますが。
東日本大震災において、児童74名、教職員10名が犠牲となった大川小学校(宮城県石巻市)では、「海から3.7kmも離れた内陸まで、津波が到達するわけがない」という思い込みが、不完全な避難マニュアルの遵守という思考停止を生み、悲劇に至りました。
 
参考:
東北の今」(秋元通信 2017年10月17日)
 
自衛隊、あるいは軍隊の場合、有事の判断は、人命に関わります。
そのため、標準化という大枠を維持しつつも、思考の柔軟性は維持されなければなりません。
この相反する要素を解決する思考プロセスとして、米軍が生み出したのが、OODAループです。以前、秋元通信でも取り上げました。
 
参考:
PDCAを超えるのか? 注目のOODAループとは
 
 
自衛隊では、幹部に求められる状況判断能力を、戦略的判断能力と戦術的判断能力に分けているそうです。そして、階級の高い幹部ほど、戦略的判断能力がより強く求められると定義しています。
具体的には、マニュアル、規則、SOPなどのルールを作成した幹部、すなわち標準化に精通した幹部自身が、必要に応じマニュアルを修正、新たな状況判断を行うことで、組織行動としての柔軟性を担保しているのだとか。
 
まさしく、「守破離」の「守る」プロセスを重視しつつ、臨機応変に「破る」「離れる」を行っていることになります。
 
 
 

余命幾ばくもない患者と、病室でビールを酌み交わした看護師の話

 
別のエピソードをご紹介しましょう。
  
ある看護師(以下、さとう看護師とします)が20代の頃、緩和ケア病棟で勤務していた時のエピソードです。
 
肝臓がんで腹水がたまり、倦怠感が強く、起き上がるのもやっとという患者がいました。
その病棟を担当する男性看護師は、さとう看護師ひとりだけ。そのせいでしょうか、さとう看護師は、その患者から気に入られていたそうです。
 
ある夜勤の時、巡回に行くと、その患者から「さとうくん、一杯呑もうよ」と誘われました。その患者は個室に入院しており、冷蔵庫には小サイズのビールと漬物が必ず入っていることは、さとう看護師も知っていました。
 
もちろん、さとう看護師は迷いました。
勤務中のことでもあり、そもそも相手は、がん患者です。
 
しかし、さとう看護師は、「この方の余命はあと数週間…。誰かと一緒にお酒を呑みたいという願いは、どれほど強いものなのだろう」と思い、断れませんでした。
 
翌日、自分のしたこと、そして判断に迷ったさとう看護師は、看護師長に報告をしました。
怒られると思いましたが、看護師長は、「あなた、それで良かったじゃない」と言ってくれたそうです。
 
今、さとう看護師は、ある看護専門学校の副校長という重職にあります。
しかし、もしさとう副校長が、当時の看護師長と同じ立場で、部下から同様の報告を受けたとしても、「良かったじゃない」と言えるかどうかは分からないそうです。
 
 
 

「型があるから型破り、型が無ければ形無し」が意味するもの

 
「守破離」という概念について、人によっては、ことさらに「破る」「離れる」のプロセスを重視してしまう人もいるのではないでしょうか。
 
しかし、「守破離」において大切なのは、「守る」です。
そして、「破る」「離れる」という行動を取った際には、「本当に良かったのか?」と悩み、考えることが、とても大切なのです。
 
さとう看護師のエピソードにおいて、看護師が患者と、しかも病棟で酒を酌み交わすなど、本来とんでもないルール違反であり、モラル違反です。
しかし…、もし、筆者がこの患者の立場であれば、看護師が酒を共にしてくれたひとときは、かけがえのないものであったと感じることでしょう。
 
だからといって、「患者から酒を誘われたら、受け入れるのが『優秀な看護師の条件』だよね」なんて軽々しい受け取り方は、とんでもない話です。
 
基本となるプロセスやルール、マニュアルを大切にしながら、それでも「破る」「離れる」という価値があるのかどうかを、よくよく悩むこと。この「悩む」というプロセスが、「守破離」には大切なのでしょう。
 
もちろん、そのためには、「守る」対象となるべき、組織のプロセス・ルール・マニュアル等のやり方を熟知していなければ、正しい「破る」「離れる」の判断、そして「悩む」ことなど、できるわけがありません。
 
 
ひとりでできることなど、たかが知れています。
ましてや、それが企業等の組織であればなおのこと。
 
「あなたのやり方は間違っている」と、既存のやり方を否定する人は、そもそも否定対象となる「既存のやり方」を熟知しているのでしょうか?
もしそれがなければ、「既存のやり方」を否定して得られる結果は、当人にとっての部分最適でしかなく、組織にとっての全体最適からは、ほど遠い結果である可能性があります。
それでもなお、組織にとっても全体最適な結果が得られたとしたら…、それはよほどの天才か、もしくはまぐれでしょうね。
 
 
「型があるから型破り、型が無ければ形無し」──もちろん、ここでいう「形無し」とは良い意味ではありません。
 
企業の一員として働くのであれば、組織の全体最適を目指すのは当然のこと。
そのためには、「型」、すなわち、その組織における既存のやり方を、まずはきちんと学び、理解し、咀嚼した上で、次のステップである「破る」「離れる」に進むべきなのです。
   

※参考および出典

 

  • 「戦略的判断能力向上と「守・破・離」 : 空自における人材育成の視点から」
    髙橋 秀幸 
    「鵬友」 2017.3
  •  

  • 看護の「守破離」 : 学生の力を信じること (特集 特別対談 看護教育のこれからを語る)
    坂本 すが, 佐藤 尚治
    「看護教育」 2022.1

 
 
 


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